愛されている者として生きる

30代でイエスキリストを救い主と
信じて10数年。
永遠のいのちを頂き、
生きることの苦しみから解放され、
人生をラクに生きられるように
なりました
日常の暮らしの中で起こる
様々な出来事に生きて働き、
私を造り変え続けて下さっている
イエス様との日々の記録です

思い通り期待通りにいかない時は

昨日、次男がまた怪我をした


利き手の手首の靭帯損傷


しばらくは勉強も部活も出来ない


これからと言うところだったのに。


何でこんなことに?

何が悪かった?


推理好き?の私は原因を探す


次からこうしなさい、ああしなさいと

息子にくどくど言って、うっとうしがられる



でも、ふと気づいた


人生って、思い通りにならなくて

当たり前だよね


人間は、思い通り期待通りに人生を

送りたいと思うけど、それが出来る人は

一握りの人


それどころか、突然、

災害や事故に見舞われたり、

明日の命さえ分からないのが真実


だから、思い通り期待通りにならないからと

ガッカリしたり、自分を責めたりしなくて

いいんだ


ただただ、試練の波に逆らわず、

身を委ねて、生きていく


神様が最善を為して下さると、

この試練も益と変えて下さると

信じて過ごす


それで、いいんだ。


神様は、私が思い通り期待通りの人生を

送ったかどうかはみていない


思い通り期待通りにならない中で、

どう考え、行動するのか、

それを見ておられる


思い通り期待通りにいかないことは

悪じゃない


自分のせいでもない


「神様、今日はこんなことが

起こりました


つらいです

悲しいです

悔しいです


でも、このことを受け入れます


神様が最善を為して下さると信じて

委ねます」


そう祈って、軽くかわして行こう


いつも通り、過ごそう


導いてください

アーメン。

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