愛されている者として生きる

30代でイエスキリストを救い主と
信じて10数年。
永遠のいのちを頂き、
生きることの苦しみから解放され、
人生をラクに生きられるように
なりました
日常の暮らしの中で起こる
様々な出来事に生きて働き、
私を造り変え続けて下さっている
イエス様との日々の記録です

なにもまちがっていない vol2

「あの時、この道を選ばなければ」と
つい考えてしまうことが3つある


神様の愛を伝えようと
夫の実家に来たこと


家庭集会がしたいと
教会を移ったこと


強い足腰にしたいと
スポーツクリニックに移ったことだ


この選択をしなければ
うつ病になることもなく
ケガをすることもなかったのでは、と
つい考えてしまう


そしてその考えは、今の選択にも
「本当にこれでいいのか?
 また間違うのではないのか?」
という不安を起こさせる


でも、仮に今の私がその時の自分に戻り、
「やめときなさい、苦労するから」と言ったら


その時の私は
「分かりました、止めます」と
答えるだろうか?


否、「それでも行く」と答えるだろう


それが私なのだ


私の生き方なのだ


とどまることも勇気と忍耐が必要だ
それも尊い一つの生き方だ


でも私は前に進みたい


困難が待ち受けていてもー


「プロフェッショナル」というテレビ番組の
主題歌でスガシカオがこう歌っている


<ずっと探していた理想の自分って
 もうちょっとカッコよかったけど、
 僕が歩いてきた日々と道のりを
 ホントは自分っていうらしい>


私はちゃんと、自分を生きている!


だからやっぱり、なにもまちがっていない


これでいいのだー


これからも
神様の導きと信じた道を進んでいこう


傷ついても、期待通りにならなくても
それが私の生き方だからー

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