愛されている者として生きる

30代でイエスキリストを救い主と
信じて10数年。
永遠のいのちを頂き、
生きることの苦しみから解放され、
人生をラクに生きられるように
なりました
日常の暮らしの中で起こる
様々な出来事に生きて働き、
私を造り変え続けて下さっている
イエス様との日々の記録です

心の叫びの癒しー祈りー

せっかく生まれてきたのに、
一生懸命頑張って生まれてきたのに、


誰も私を守ってくれない
そばにいてくれない


つらいことばかり、寂しいことばかりー


生まれてこなければよかった
生きていてもいいことは何もない


ーその場所に神様を迎えようー


心の叫びが生まれた、その痛みの場所に
キリストを迎えようー


私は自分の意志や努力で
生まれて来たのではない


天地を造られた方が私も造り、
この地上に誕生させてくださった


世界の基のおかれる前から
私の誕生を、神様はご計画されていた


そして、胎児の私の細胞のひとつひとつ、
血管、内臓、皮膚、頭、手、足、・・・
ひとつひとつを組み立ててくださった


喜びながら、楽しみながら、慈しみながら・・・


私の体のどこにも、創造主の手によらない
ところはない


私は生まれる前から、愛されていた


神様はずっと私とともにいてくださった


神様が、キリストが私とともにいなかった
時間は一瞬もない


私が知らなかっただけ
知ろうとしなかっただけ


神様、主よ、ごめんなさい


あなたがこんなに近くにいて
こんなに愛してくださっていたのに


目に見えないからと、どこかで軽くみて、
目に見える人の愛を求めてばかりいました


愚かな私をお赦し下さい


目に見えなくても、耳で聞こえなくても
あなたを第一として生きられますようにー


見えないものが見えるように
聞こえないものが聞こえるように
私の心の目を、心の耳を、開いてください


イエスキリストの尊いお名前により、
祈ります
アーメン

古い(自分中心の)世界観ー原風景

せっかく生まれてきたのに
願った待遇が受けられず
生まれてこなければよかったと
心の中で叫んでいた私


そんな私が3歳の時、
弟が生まれた


母方の祖母と病院に行った時、
こういわれた


「これからはお姉ちゃんなんだから、
お母さんを助けて、赤ちゃんの面倒を
みるんだよ」


なるほど!


生きてる意味がないと思っていたが
母を助け、弟の面倒をみるなら
私にも存在価値がある


このために生きようー


<役に立てば存在価値がある>


 という世界観の出来上がり!

心の叫びー原風景

私の心の叫びは
<生きてる価値がない>
<私の人生は意味がない>
かもしれない


その原風景について考えた


私は父40歳、母37歳の時に
生まれた


家には父の両親、年子の妹夫婦も
住んでいた


母はずいぶん冷遇されたと聞いている


母だけ違う場所で違うものを
食べさせられたりした
旅館をやっていて、女中のように
こき使われた


家族関係は悪く、
始終喧嘩が絶えなかった


母はみんなの怒鳴り声が怖かった


そんな環境だったので、母は流産を
繰り返し、死産も2回している


入院中、父も祖父母も誰も
見舞いに来なかった


そんな状況のもと、母は私を身ごもった


父も母も、今度こそはと思っただろう


胎児の私も、無事に生まれて
両親の期待に応えたいと思ったはずだ


たくさんの兄姉のようにならないように、
死の恐怖と闘いながら、私は生まれた


父は心配して、風邪を引かないようにと
夏なのに厚着させられ、あせもがたくさんできた


私はどう感じただろうか?


一生懸命頑張って、生まれてきた


死の恐怖と闘いながら、生まれてきた


両親が喜んでくれているのは分かる


でも熱いし、心配はしてくれても
一緒にはいてくれない


かごに寝かされ、いつも独りぼっちだ


同時期に生まれたいとこは
可愛がられているのにー


家族の喧嘩する声が聞こえる
母がいじめられている
怖い


でも、誰も助けてくれない


熱いし、怖いし、寂しい


一生懸命頑張って生まれてきたのに
こんなはずじゃなかった


こんなことなら生まれてこなければ
よかった


兄姉たちのように、胎児のまま
死ねばよかった


<生まれてきても意味がなかったー>


<私は生きてる価値がない>


想像に過ぎないが、これが私の
原風景ではないか?